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平成23年度奨学生のご紹介

南 征爾(平成23年度奨学生)

2011年秋学期 修学レポート
アメリカ合衆国ワシントン州ワシントン大学1年生

 2011年の9月に渡米してから早5ヶ月が過ぎました。アメリカでの生活にもようやく慣れ、学業面と生活面双方で非常に充実した時間を過ごしています。私が留学しているワシントン州シアトルは、温暖な気候に恵まれたアメリカ西海岸を代表する観光都市でありながら、世界各国から留学生が集まる学術都市としての一面も持ち合わせています。そのような土地柄を活かし、私の在籍するワシントン大学のキャンパス内も様々な国や地域出身の学生で満ち溢れており、正に国際色豊かな大学と言えます。私が留学を決意した理由の一つである、日常レベルでの異文化交流を楽しめるという意味では、これほど恵まれた環境はないという事実を肌で実感させられた学期でもありました。
 シアトルの街文化が、日本をはじめとする東アジアの文化的影響を多く受けていることもあり、生活面で私は割とスムーズに今の環境に適応することができました。シアトルの人々はとてもフレンドリーで、寮生活や大学での講義、そして学生主催のイベントなどを通じてたくさんの人と知り合うことができました。自分とは少し異なったバックグラウンドと価値観を持つ友人たちと切磋琢磨しながら毎日を過ごしていくうちに、自分自身を見つめ直す機会にも恵まれ、今では国籍を超えた人間関係を通じて精神面での成長を日々実感できるようになりました。
 私にとって大学生活最初の学期である秋学期は、学業面でも大変充実したものとなりました。私が今学期履修した科目の中でも特に印象に残ったのが、国際関係論の授業でした。私の専攻は政治学なので、秋学期では基礎レベルの国際関係論の授業を履修したのですが、講義内容のレベルの高さはもちろん、私のクラスメイトである学生の気迫に圧倒されました。少しでも疑問に思うことがあれば、皆講義中遠慮なく教授に対して質問をぶつけ、場合によっては政治的議論を持ちかける学生も存在します。そんな実情に私も最初は圧倒されるだけだったのが、時間が経つにつれて自分もクラスメイトとの政治思想面での議論に参加したいと思うようになり、最近では自ら積極的に自分の意見を言うようになりました。皆それぞれ芯の通った独自の思想を抱いているにも関わらず、自分のそれと違った意見にもちゃんと耳を傾け、場合によってはそれを柔軟に取り入れる。そんなアメリカ人の公平さに、私は良い意味でのカルチャーショックを受けました。
 アメリカという広大なる異国の地に於いて、新たなる学生生活をスタートさせた2011年の秋学期。この地で学ぶことはまだたくさんありますが、これからもチャレンジャー精神をむき出しに、向上心を高めつつ一日一日を価値あるものにしていきたいと思います。

  • 友人とクルーズ

    友人とクルーズ

宮本 夏音(平成23年度奨学生)

2011年秋学期 修学レポート
アメリカ合衆国マサチューセッツ州ハーバード大学1年生

 大学での最初の学期を終えるにあたり大学生活についてご報告したいと思います。

1 学業面
 今学期、履修した授業は「経済学の入門」、「心理テストの歴史」、「中国語」、「ライティング」です。外国での初めての大学生活をスムーズにスタートさせるために、全ての授業を午後12時に開始するように調節しました。これにより、睡眠を十分に確保することができ、また、午前中を予習に充て授業に臨むことができました。
 受講する生徒数は授業によって大きく異なり、私が受講した「経済学の入門」は最多の800人程度と大人数の講義でした。このような大規模な科目は教授による講義以外は20名程度のクラスに分かれて大学院生による授業があります。このシステムはよく批判の対象となっているようですが、授業を担当する大学院生は優秀で、私は大きな不満は感じませんでした。と言うのも、私が今期履修した「心理テストの歴史」のように1年生には少人数の講座が準備されていて、大学の細かい配慮も感じられます。”Freshman Seminar”と呼ばれるこのプログラムは、20名前後のセミナー形式の授業で、130以上の様々な分野の講座が提供されています。このようにハーバードの良い所は授業はもちろんのことその他の様々な機会も含めて多くの良質のリソースが学生に提供されていることです。例えば、「心理テストの歴史」では、教育学の大学院(School of Education)に行き、かつてアメリカ移民が入国時の入国許可の判断として使われていた心理テスト等の実物を実際に沢山手にとって見る機会を与えられました。また、1年生必修の「ライティング」の授業では大学のキャンパス内にある美術館で鑑賞した作品を元にエッセーを書きました。このように大学内には様々な分野の「本物」に触れる機会がふんだんにあります。
 「中国語」に関してはアメリカ人の学生が時間をかけて暗記しなければならない「漢字」を暗記する必要がない分、他の授業の準備に時間を使うことができた点は有難かったです。しかし、授業は中国語のみの会話形式だったため、スピーキングやリスニングではかなり鍛えられ、苦労しました。
 受講した授業によってはルームメイトも履修していたため、週1回の課題を一緒に取り組むことができました。課題を仕上げるのに深夜までかかることもあり苦労しましたが、そんな時に一緒に支えあうことができるルームメイトがいた事には感謝しています。また、このようなことを可能にし、絆を深め合うことができる全寮制のシステムは素晴らしいと思います。

2 生活面
 寮生活を重要な要素と位置付けているハーバードでは1年生は全寮制です。1年生専用の寮が大学の中心部のヤードに17棟あり、入学前のアンケートを基に大学が寮と部屋割りを決めます。
 私は6人部屋となり、個性豊かな5人のルームメイト(アメリカ人4人、カナダ人1人)と「コモンルームと4部屋のベッドルーム」を共有しています。4Lの間取りのアパートを想像して頂ければよいかと思います。リビングルームの役割を果たすはずの小さなコモンルームには2人部屋に入りきれない勉強机と棚を4つずつ置いているため、ここは勉強部屋も兼ねています。私たちは小さなスペースを有効活用して、毎日おしゃべりに花が咲き、時にはテレビドラマを一緒に見たりして過ごしています。プライバシーが確保しにくい環境ですが、6人共それを気にせず、多くの時間をこの狭小コモンルームで過ごし、夕食の時間になると誘いあわせて1年生専用の大食堂に行き、またそこでもおしゃべりに花が咲くという日々です。ルームメイトの一人が期末テストの時に、睡眠を取ることなく40時間ぶっ続けで勉強していたのには驚きましたが、こんな超人達と過ごす寮生活は楽しいものです。
 課外活動は、卓球部と寮対抗のサッカークラブに参加し、様々なバックグランドを持つ学生達と出会い、そして交流を深めているところです。
 学生は皆良く勉強しますが、遊ぶ時もとことん遊びます。一番印象に残るパーティーは大学の創立375周年のイベントです。あいにくの悪天候でしたが、この盛大なイベントには卒業生も多数集まり、ゲストとして卒業生のヨーヨーマがチェロ演奏をし、ハーバードの誕生日を共に祝いました。夜には屋外でライブバンドのBGM付きのパーティーがあり、泥だらけのレインブーツとレインコートの格好で夜中まで踊り明かしました。
 また、毎年恒例のハーバードとイエールのアメフトの試合は大学の歴史を感じると同時に愛校心を掻き立てられるひと時となりました。今年で128回目を迎えた伝統の一戦は今回はイエールのスタジアムであり、私は人生初のアメフトの観戦をするために敵地イエールにルームメイトと乗り込みました。試合の内容よりもスクールスピリットの見せ場として盛り上がり、沢山の学生がライバル校を罵るTシャツを身にまとい観戦していました。ほとんどのハーバード生は”I go to Yale. First World Problem”を着て、私は他のinternational studentsと共に”In my country no one has even heard of Yale”を着て応援しました。ライバル校の存在があるからこそ、愛校心が揺るぎないものとなると感じた瞬間でした。
 大学のキャンパスは観光地化していて、毎日多くの観光客が訪れます。特に日曜日の早朝の団体客には閉口していましたが、そんな中、世界的なニュースとなった“occupy wall street”から派生した”occupy Harvard”はハーバードヤード内に20〜30個のテントを張って約1ヶ月の抗議活動が行われました。大学はハーバード生の表現の自由を尊重して、protestersを静観する立場を取りましたが、学生の安全性を考慮してゲートに警官を置き、ハーバードIDを持つ者のみがヤード内に入ることが許されました。利用できるゲートがいつもより少なかったため不自由も少しありましたが、普段は観光客でごった返すヤードが静寂に包まれた1ヶ月でした。

最後に
 充実した寮生活が支えとなって、私はとても幸せな大学生活を送っています。かなりの勉強量ですが、それも含めて大学生活の全てが私にとっては楽しく貴重な時間となっています。過酷なテスト勉強でさえも、このような素晴らしい環境に自分が身を置いていることが嬉しく感じられる程でした。
 大学が提供してくれる豊富なリソースから何を選び取り、それをどう有効に活用していくかが今後の大きな課題ですが、来学期は課外活動の更なる充実を図りつつ、学業面では将来の専攻となる分野を模索していきたいと思っています。

  • 入学式にて寮のルームメイトと共に

    入学式にて寮のルームメイトと共に

片原 ちなみ(平成23年度奨学生)

2011年秋学期 修学レポート
アメリカ合衆国ペンシルベニア州ジュニアータ大学1年生

 この秋から、PennsylvaniaにあるJuniata Collegeに入学いたしました。はやいもので、もう初めてのセメスターが終了いたしました。誰も知り合いもおらず、不安とともに一人で飛び込んでいった大学。しかし、私の大学はとても留学生へのケアが厚く、とても過ごしやすい環境でした。私の大学は、Diversityを重視しているので、沢山の国と地域から、留学生が来て勉強しています。恥ずかしながら、今まで名前を聞いたことのないような国もいくつもあり、初めての体験を沢山させていただきました。イベントが多く開催され、各国の人たちが文化や食べ物を紹介したりと、とても興味深い催しがいくつもありました。世界中に友達がいるのかと思うと、とてもうれしくて留学してよかったと思います。一緒にお互いの国のご飯をつくったり、お互いの言語を教え合ったりと、今まで経験したことがないようなことを経験することができ、とても私は幸せだなと実感いたします。
 そして、勉強面においては、このセメスターは英語のクラスを中心にとる形となりました。そこで出会った留学生のレベルの高さにまず驚き、そして、自分の英語力の低さにショックを隠しきれませんでした。しかし、それがバネとなり、教授にいろいろ手助けをしてもらい、英語力を少しでものばすことが出来たのではないかなと思います。そして、アメリカ人に混じってとったクラスでは、文化の違いに直面しました。日本だと誰も発言せずに、ただ時間が過ぎていくのを待つことが多いと思います。しかし、ここの学生は自らが主体となって授業を構成しているように思えました。そして、学生のしゃべる英語の早さについていけず、留学生の友達とお互い励まし合いながら、必死に授業に食らいついていました。一緒にテスト前になると勉強したりと、留学生だからこそ発揮されるチームワークを実感しました。もちろん教授やアメリカ人のクラスメートもとても優しく、質問をすると、丁寧に私たちが理解するまで教えてくれて、私一人の力ではとても切り抜けることができなかったと思います。
まだ、大学生活は始まったばかりで、これから四年間で何がおこるか全く想像もつかないけれど、私は私なりにできることを精一杯やって、日本に少しでも成長して帰ることができたらいいなと思います。

  • ピッツバーグにて

    ピッツバーグにて

臼井 小春(平成23年度奨学生)

2011年秋学期 修学レポート
アメリカ合衆国マサチューセッツ州マサチューセッツ工科大学1年生

 8月の末にここに来たときは、期待で胸がいっぱいでした。それにも関わらずこの4ヶ月で体験したものは、その想像を遥かに超えるものでした。

 MITには大学に正式に入学する前に、4日から5日ほど、サマーキャンプの短縮バージョンがあります。Freshman Pre-Orientation Program(FPOP)とよび、内容は、芸術、流体力学、カヤックなど、実に幅広いです。私は専攻にもしようと思っていたコンピュータ科学関連のロボットを作るものを選びました。プログラミングの経験も、ロボット作りの経験もない私(と私のチーム)は四苦八苦しながら結局失敗しましたが、とても貴重な体験となりました。
 この大学では、一年生の間はどの寮に住んでいるかが生活面の大部分に影響を及ぼします。各寮には1年生から4年生までが住んでおり、独特の文化があり、1年生はどこの寮に住みたいか選べるので、一人一人自分に合っている寮を探すのがオリエンテーションのゴールの一つでもあります。MITでは、キャンパスの東側に住んでいるか、西側に住んでいるかでとてもタイプが違います。東側に住んでいる生徒は、中庭に木製のジェットコースターを作ったり、部屋の中に自分でパイプを集めてロフトを作ったり、とにかく自分の好きなことに没頭するタイプが多いです。学内の有名なビジネスの大学院が東側にあるのにも関わらず、それに関心がある人はかなり少ないようです。逆に西側はもう少しキャリアをきちんと考えていたり、とってもきれいな寮、あとは唯一の女子寮があったりします。私は東側の小さめの寮に住むことに決めました。MITの寮の珍しいことと言えば、寮によっては自分でご飯をつくるキッチンが完備されて食堂を使わずに済むことや、壁にペンキで絵を描いたり、釘を打ったりしていいことだと思います。ここにいるからには、もちろんそういうことをしたいのでそれも含めて寮を選びました。こっちに引っ越して1ヶ月以内に真っ白だった部屋は青、赤、黒、そして金のペンキで塗り、ドアの廊下側も星空に見えるように絵を描いています。
 勉強面では、この大学は工科大学らしく、科学の基礎科目が充実しています。また、すべての授業/専攻を番号で呼び、また建物の名前も番号がつけられています。前期は、微積、物理、グローバリゼーション、スペイン語、そして「Mission 2015 : 未来を救う」という授業を取りました。物理は、授業が週に3回あるのですが、毎回実験が少なくとも1つあり、最近ジャイロスコープの単元を始めました。多くの先輩から、「ジャイロスコープあたりから物理の授業が苦痛になった」と言われていますが、私は楽しみにしています。微積の授業では、日米の数学の教え方の違いを肌で感じました。高校で見たことが無い内容と3年前に習ったもの混ざっており、私には結構大変な授業でした。ここでは、課題(problem set/pset)を終わらせるためにほとんどの人がグループでします。教授もそれを見越して、少し難しい問題を出しています。小中高通してグループでやる課題は苦手だったのですが、本当にお互い助け合いながら、午前4時まで数学と向き合うというにはとても良い経験でした。
 グローバリゼーションという文系の授業は、ディスカッションがベースの授業でした。授業中に教育システムや、言語に対する意識について話合うことも多く、様々な家庭や文化の中で生まれ育ったひとがいたので、大変勉強になりました。日本のマックドナルドには照り焼きバーガーが売っている、などという話にもクラスメートは興味津々のようでした。このグローバリゼーションの授業では外国語を同時に取ることが必修だったので、スペイン語を選択しました。スペイン語IVまで取れば、学校を通してスペイン、メキシコ、チリやアルゼンチンなどでインターンシップができるので、続けようと思います。
 「Mission 2015 : 未来を救う」というのは私がこれまで見て来たなかで一番自由な授業です。「生物多様性」というテーマだけ与えられ、それをどうすべきか、プランを建てろというものです。もちろん、クラスが同意すれば、「生物多様性は必要ないからそれに使っている資金を他のプロジェクトにまわすべきだ」という意見のもと資金の再分配をするプランを立てても良い訳です。それほどリベラルな結果にはなりませんでしたが、私たちは実際に見込まれている授業時間の3倍は超える放課後の時間を費やして、プロジェクトに取り組みました。今の実態の分析から始まり、教育、経済、研究、政治、NGOの働きなど、生物多様性を保護するためのプランは多岐に渡りました。授業の成果は、学内の専門家の方に発表し、また、サイトを作り公開もしています(http://web.mit.edu/12.000/www/m2015/2015/)。サイト公開後、環境保護団体等色々な方から問い合わせをいただくなど、反響がありました。この授業自体、コミュニティのようなもので、授業終了後も授業を受ける1年生のお手伝いをするなどして、ずっとこの授業に関わっている人も多い、魅力的な授業です。

 授業以外では、高校生が地域のためになるプロジェクトを作るのを手伝うプログラムや、寮の行事に企画に積極的に関わったりしました。また、この工科大学で時間を過ごして行くうちに、芸術が恋しくなっていることに気づきました。絵は決して上手ではありませんし(棒人間くらいしか書けません)ピアノもここにいる数多くの人のように世界でも有名な賞をもらったこともありませんが、芸術がないと、どんなに最先端のものも意味がないのではと思うようになりました。例えば、学内にはたくさんの立体アートや不思議な形をしているビルがあるのですが、それも、物理に適っていないと建つことさえできません。人間が求める最終目標とは美しいものであり、そのプロセスに科学や技術を使うのではないかと思うようになりました。例え数学専攻のひとでも、美しい数字の並びに感動してその専攻になったひとが多いです。来年、専攻を決めなければなりません。コンピュータサイエンスと、アートの融合点を見つけようと思います。

  • 大学で友人達と

    大学で友人達と

森 健太(平成23年度奨学生)

2011年秋学期 修学レポート
英国サウスヨークシャー州シェフィールド大学1年生

 私は昔から自分の掲げた目標には周囲がなんと言おうと挑戦してしまう性格の少年だった。小学生の頃から漠然と外国に行ってみたいという意思が自分の中に存在しており、中学生の時にはその思いを少しでも実現に近づけるための計画を練っていた。
 最初のそれはもしも自分が学校の成績で上位を保つことができれば一人でメキシコに住んでいる叔父を訪れるということであった。これは両親と私との真剣な約束であり、私はこのチャンスを手にするために当時大嫌いであった詰め込み型の勉強を無我夢中でし、なんとか中学3年生の時にメキシコ行きの切符を手にすることができた。この14歳の半一人旅が自分に大きな刺激と自信を与えてくれた。
 高校生になると、異国において異なる価値観、経験を持つ人々と出会う事が私の掲げていた実存主義的な疑問に答える鍵になるに違いないという思いがさらに勢いを増した。もちろんその当時の私には実存主義なんていう言葉は教科書上での言葉にすぎなかったが。16歳の時に私は日本経団連を通してカナダの全額奨学金制のインターナショナルスクールへと派遣して頂くチャンスを獲得した。その学校では世界中100カ国から生徒が選抜され、共同生活を送った。このとてもユニークでリベラルな学校での二年間は私にかえがえない経験を与えてくれた。

 このような背景があるために私は海外の大学で勉強をするということをある独特なニュアンスで捉えている。それは海外の大学をただ国際経験を経て他言語を身につける場ということではなく(もちろんそれも一つだが)、「真にグローバルに生きるということはどういうことであるかを問う」というある一種の精神修行を行う場であると捉えるということである。この抽象的な概念をここでは長く述べないが、簡単に言うといかに自分自身が日本というバックグランドを背負いながら世界で通用する人間になるかということだ。とにかく私にとって海外の大学に行く事は私の中に存在していたいくつかの疑問を晴らすためには欠かすことのできないプロセスであった。

 現在イギリスのシェフィールド大学に来てから早いもので半年近くが経過した。正直に言うと、最初の3ヶ月は19年の人生の中で最も自分自身と葛藤した期間であった。それはなぜかというと、私が勝手に思い描いていたグローバルに生きるということを日常レベルで真剣に考えているような新入生が周りにいなかったからだ。
 もちろん大学には世界中から生徒が集まってきている。しかしカナダの高校と違い、大学という機関は規模が大きく自分という存在感をその大きな枠で確立するのが難しかった。そして結局はどこかで自分を妥協して周りにとけ込むことを必要とされた。そのために私が思い描いていた理想の学生生活を手にするまでには少し時間がかかったのだ。しかしこの葛藤のおかげで最初の3ヶ月はしっかりと勉強に励むことができた。ほとんどの新入生とは違い私は新入生パーティーよりも正直に言って自分の勉強の方を楽しんでいた。
 しかし、冬休みに帰国し、家族や友人とゆっくりとした時間を過ごしていると結局はどこにいっても同じ葛藤を繰り返すだろうということに気がついた。そして自分を追いつめ過ぎていたことにも自然と気がついた。年が明けイギリスに戻ってからは気持ちを落ち着かせ自分に与えられた環境を素直に受け入れるように心がけた。
 それから3ヶ月ばかりが経つが、今の私はもっと幸せで今の環境を楽しんでいる。そして最初に抱いていたいくつかの疑問に対する考え方も日々変わってきている。いずれにせよ、この最初の半年は自分をあるゆる方向でさらにタフにしてくれた。そしてこの濃密な経験を19歳でできている事を私はとても幸運に思う。堅苦しいことをつらつらと述べてきてしまったが、これは今の私を表現する上においてとても大事なことであるので仕方が無い。

 さて、これからは読者の皆さんにとってもっと興味があるイギリスの大学生活について述べて行く。私はイギリスのシェフィールドという場所で勉強している。一昔前にFull Montyというイギリスのコメディー映画がブームになったそうだが、まさにその舞台である。イギリスの中心に位置し、ロンドンからは電車で2時間ほどだ。映画に描かれているように産業革命によって街は栄え、重工業が廃れると共に街は一度廃れた。2000年代になるとブレア政権の方針により街はまた繁栄を取り戻し始めた。そこで私はUrban Planning (都市計画)を勉強している。都市再生という観点から見るとこの分野にはまさにもってこいの場所だ。
 大学の歴史は100年くらいで、現在は130カ国ほどから(大半は発展途上のアジアから)生徒が勉強しに来ている。日本でも身近なロンドンとはうって変わり、もともと典型的なイギリスの工業都市であったために街の空気感も全く違う。具体的に言うと、街に華やかさはあまりないが、人の暖かみ、コミュニティー意識がしっかりとしている地方都市という感じだ。
 そこに近年になって世界中から学生が勉強しに来ているため日本の地方都市とは違い街には独特な国際色が漂う。ロンドンとは対照的に大学が街の一番の活気であるので学生にはとてもフレンドリーな街である。また、オックスフォードやケンブリッジなどの地方大学都市とも違いシェフィールドはイギリスでは有数の都市であるため学生には欠かせないナイトライフもそれなりに充実している。週末には自転車があれば30分くらいで近くの国立公園にサイクリングにも出かけることができる。そのためイギリスの地方都市という環境にさえ慣れてしまえばとても居心地の良い場所である。

 先に述べたように私はUrban Planning(都市計画)を勉強している。これは日本では建築、土木学科の一部に組み込まれているようだが、欧米諸国では一つの科目として存在している。私はこの科目を専攻したかったがためにイギリスの大学を最初に考えた。都市計画という概念が社会の中で重要な位置を占め始めたのは、産業革命によって都市が急速な変化をみたころだ。そのために私が勉強しているシェフィールドはまさにその概念が重要な役割を果たした歴史的に重要な地区だ。シェフィールドの都市計画学科はイギリスでは常にトップにランクインしているために授業の質は高くとても興味深い。学部自体が小さいために全体的にとてもフレンドリーな空気感だ。
 都市計画というと漠然と建築の大きなスケールかと想像してしまう人も多いかもしれないが実際はとても広く社会科学的な要素が強い。現在は政治、経済がいかに都市を形作るかを勉強している。日本の都市をみればいかにそれらが都市を形成する上において重要な要素であるかに気がつくのではないか。もちろん都市計画においてデザインという観点も重要であるために、ソフトウェアを使った都市デザインも行う。イギリスの都市形成を勉強することは私にとっては新鮮でとても面白い。

 いろんな葛藤があった秋学期であったが、結果的に今の私は幸せで日々精進している。そしてこんなに濃い経験をご支援くださっている福岡県にはとても感謝している。

 最後にこれから海外の大学を目指す日本の学生にメッセージを送りたい。異国の地で勉強するということは決して簡単なことではないが、自分、日本、そして世界と向き合うという意味ではとても貴重なチャンスであるので是非一度高い目標を掲げ今の自分のコンフォートゾーンを飛び越えて異国で頑張っていただきたい。

  • インスブルクでスキー

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